もりじゅんの読書ブログ

読んだことない人には面白そうと、読んだことある人にはヒントの1つをと、作品を紹介できたらと思います

読書

美術ミステリーに触れる 原田マハ『楽園のカンヴァス』

『楽園のカンヴァス』 原田マハ 新潮文庫 はてなブログユーザー様からご紹介いただいた一冊、原田マハ『楽園のカンヴァス』を読了しました。一言で言うならば、感心しました。作品そのものにも、作者の原田マハさんの筆力にも。 今日は本書によりそのいかに…

戦争体験を色濃く反映したヴォネガットの半自伝的長編 『スローターハウス5』

20日間ほどをかけて、ようやくカート・ヴォネガット・ジュニアの第6長編にして代表作の一つ、『スローターハウス5』(伊藤典夫訳、ハヤカワ文庫)を読み終えました。 作者のドイツ方面での第二次世界大戦従軍体験、中でも連合国側でも1963年までひた隠しに…

地獄よりも地獄的な 芥川龍之介「地獄変」のあらすじと概要

『芥川龍之介短篇集』 ジェイ・ルービン編 村上春樹序 新潮社 本書の編者・ジェイ・ルービンは冒頭に書いた「芥川龍之介と世界文学」という概説の中で、「地獄変」について《芥川の作品の中で一編しか後世に残せないとしたら、この作品だろう》と評価してい…

『人間失格』や『斜陽』のプロトタイプの短編 太宰治「ヴィヨンの妻」のあらすじと面白がれるポイントのご紹介

『太宰治全集8』 ちくま文庫 原稿用紙で57枚の太宰治後期の短編、「ヴィヨンの妻」が好きです。理由は、太宰は女主人公の一人称の小説がうまいこと(他に「女生徒」『斜陽』など)、のちに発表される『斜陽』『人間失格』内に含まれる要素の萌芽が見られる…

感謝を忘れがちな人に スコット・アラン『毎日を好転させる感謝の習慣』

『毎日を好転させる感謝の習慣』 スコット・アラン 弓場隆訳 ディスカヴァー・トゥエンティワン タイトル通り、感謝を日常に取り入れることを推奨する本です。感謝の念を持つことによって、どのような人生のメリットが生まれ、具体的にどのように感謝の習慣…

奇書を超えた傑作? 原作と映画はどう違う? アラスター・グレイ『哀れなるものたち』

『哀れなるものたち』 アラスター・グレイ 高橋和久訳 ハヤカワ文庫 カバー型帯 知人に「面白いよ」と教えられて2月下旬、ヨルゴス・ランティモス監督、エマ・ストーン主演の映画、『哀れなるものたち』を観てきました。 www.searchlightpictures.jp 2時間半…

ブレイディみかこ『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』

『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』 ブレイディみかこ 文藝春秋 シンパシーとエンパシー みなさんは「共感」という日本語、どのように使われますか。 「今の日本の政治家の話し方にはまったく共感できない」 「この監督の一つ前の作品には…

「自分は無意味である」から生じる生きる力 モーム『人間の絆』

W・サマセット・モームの世界的ベストセラーの一つ、金原瑞人訳『人間の絆』(新潮文庫)を読み終えました。 『人間の絆』 サマセット・モーム 金原瑞人訳 新潮文庫 上下巻 作品後にモームが寄せている「序」でも触れられているように、自伝的小説です。 モ…

弓の道におけるドラゴンボール的寓話 中島敦「名人伝」

たまに発作のように中島敦の小品を読みたくなるときがあります。小品といっても美しく磨かれた珠のような佳作。佳作というか名作。無駄なく、欠けているものもない構成美と、「何々である」と野暮な解説をさせる気も失せる深淵さ。謙虚さ。そんなものを湛え…

村上春樹がチャリティーで朗読した理由 「めくらやなぎと、眠る女」(短編集『レキシントンの幽霊』)

イントロダクション 昨年村上春樹と川上未映子によるインタビュー集『みみずくは黄昏れに飛びたつ』を読んでいて、1995年阪神大震災後、神戸と芦屋での2回のチャリティー朗読会の合間に短編「めくらやなぎと眠る女」が短く書き直され、「めくらやなぎと、眠…

誰もがインストールされている「能力主義」の危うさ サンデル『実力も運のうち 能力主義は正義か?』

『実力も運のうち 能力主義は正義か?』 マイケル・サンデル 鬼澤忍訳 ハヤカワ文庫 いやあ、面白かったです。どういった種類の面白さかというと、知的丁寧さと思慮深い論考によって、「自分はこれまでだいぶ間違っていたのではないか」と自責すら覚える内省…

わからないけれどわかる男心 強者は弱者と心を通ぜられるのか? 白石一文『一瞬の光』

こんにちは。 雨が降っています。 全国的に快晴というところはなさそうな祝日。 いかがお過ごしでしょうか。 『実力も運のうち 能力主義は正義か?』を読んでいるのですがこれがなかなか読みごたえがある。私の「能力」だと一日に頑張っても2章しか読み進め…

そのときマーロウにはどう見えたか? チャンドラー『大いなる眠り』

レイモンド・チャンドラー『ロング・グッドバイ』で彼の文体に魅了され、初長編作『大いなるお別れ』を読んでみました。 mori-jun.hatenablog.com 期待していた「文体の精度・密度」は得られなかったものの、主人公・フィリップ・マーロウの性格は知っていた…

面白がれるポイント満載 森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』

2006年刊行、翌年山本周五郎賞受賞、並びに本屋大賞2位だった本書を読了しました。 裏表紙の概要文に「キュートでポップな恋愛ファンタジーの傑作」とありましたが、頷ける内容。普段あまり読まないジャンルの小説だったので、「面白がらせ方」を面白がる読…

理屈でなく感性を書く――禅における二元論を越えた一元へ 鈴木俊隆『[新訳]禅マインド ビギナーズ・マインド』

書影 『[新訳]禅マインド ビギナーズ・マインド』 鈴木俊隆 藤田一照訳 PHP研究所 読もうと思った動機 たしかですけれど、自分の瞑想法に、疑問のようなものを抱いて、少し本格的な書物を手に取ってみようと考えた記憶があります。鈴木大拙を調べているう…

お好み焼きを"平べったいたこ焼き"と言うお天気おねえさんのフォトエッセイ 檜山沙耶『ブルーモーメント』

書影 『ブルーモーメント』 檜山沙耶 ワニブックス 購入したいきさつ 2022年夏頃、YouTubeに、以下と似たような動画がサジェストされてきました。 www.youtube.com なんだこのぶっ飛びお姉さん! 面白い! それにこの番組なんだ? と興味がかき立てられたわ…

綺麗事だけ視るか?綺麗事以外も視れるか? モーム『月と六ペンス』から考える

はじめに W・サマセット・モーム『月と六ペンス』を読み終えました。イギリス文学はディケンズをちょっぴり齧った程度。だいぶ考えさせられました。久々に読みごたえのある内容というかテーマ。スタイルと文体は若干古臭い感じはしますが、それでもエンター…

現役作家はどう他人の小説を読むのか 村上春樹『若い読者のための短編小説案内』

吉行淳之介の小説システム図 『若い読者のための短編小説案内』 村上春樹 文春文庫 吉行淳之介「水の畔り」 P62を参考 こんにちは。 今日は2024年2月4日、立春ですが、だいぶ冷えこんでいます。 寒は明けたわけですが、今週、雪がちらつくとか何とか。 毎年…

理論物理学者が明かす衝撃の時間論 カルロ・ロヴェッリ『時間は存在しない』

科学的、哲学的、心理学的、宗教的、その他さまざまな観点から時間について語られてきましたが、現代の最新の理論物理学――著者はその中でも量子重力理論を扱い、超ひも理論と並ぶ「ループ量子重力理論」を主導する一人――の見地に立つと、どう見られるのか? …

儒教と並ぶ中国思想・道教の原典 『老子』

気になった箇所 上善は水の若(ごと)し。水は善く万物を利して争わず、衆人の悪(にく)む所に処(お)る、故に道に幾(ちか)し。 居は地を善しとし、心は淵を善しとし、与(まじわ)るは仁を善しとし、言は信を善しとし、正は治を善しとし、事は能を善しとし、動は…

娯楽小説家としての司馬遼太郎 『燃えよ剣』

「―――」 七里は、気合で、誘った。 歳三は動かず。 七里は踏みこんだ。 とびあがった。 上段から、電光のように歳三の左籠手にむかって撃ちおろした。 が、その前、一瞬。 歳三はツカをにぎる両拳を近よせ、刀をキラリと左斜めに返し、同時に体を右にひらい…

やまとことばと漢文の系譜 なぜ国民教材であり続けるのか 中島敦「山月記」を考える

私は中学までは主に歴史小説を読んでいたのですが、高校に上がって、いわゆる純文学小説を読むようになりました。 それは、教科書に載っていた中島敦「山月記」や太宰治「富嶽百景」に触れたからというのもあります。 それ以降は書店で自ら本を選び自分の知…

トルストイ『人生論』 ゆるい要約と個人的な感想

2024年1月20日、今日は日本の暦では大寒です。 文字通り最も寒い季節とされます。 寒の期間(小寒~立春)のちょうど中日であり、そう考えると、これから寒が退いていくとも考えられます。 みなさん、どうぞご自愛ください。 私も自愛します。 具体的にどう…

エックハルト・トール『ニュー・アース』 概要と思ったことなどをつらつら

先週帰国した妹と話していて、一番驚いたのは、 「アメリカでは、年齢を訊ねるのはNG、むしろ法的にまずいことになる」 ということでした。 履歴書でも年齢は記さないとのこと。 そのときは、「国が違うと前提となる文化もぜんぜん異なるんだなあ」ぐらいに…

村上春樹「ウィズ・ザ・ビートルズ With the Beatles」(『一人称単数』)を考察する

前回の記事で芥川龍之介「歯車」を取り上げたのは、村上春樹「ウィズ・ザ・ビートルズ With the Beatles」という短編を再読してみたかったからでもあります。 この短編は村上春樹の現最新短編集『一人称単数』(2020)に所収されていて、8つの短編の中でも一…

「歯車」 芥川龍之介が遺した死なないための処方箋

こんにちは。 とある小説を読んでいて、「寒中」とは、小寒から大寒、そして立春の間の時期を指すと学んだのですが、今はまさに「寒中」ということになりますね。 寒中お見舞い申し上げます。 朝方の冷えが特に体に堪えます。 寒中が出てくるその小説とは、…

児童文学の名作『モモ』のご紹介 なぜ読み継がれるのか?

昨年前半、遅ればせながらジブリ作品をたくさん借りて観てみました。宮崎駿を始めとするアニメ映画の作り手たちが児童文学を愛していることを知り、自分も読んでみようと思いました。 本へのとびら――岩波少年文庫を語る (岩波新書) 作者:宮崎 駿 岩波書店 Am…

舞城王太郎『煙か土か食い物』のネタバレなしストーリーと魅力についてご紹介!

アメリカ西海岸に住むIT企業に勤める妹が一時帰国して少し話したのですが、一番記憶に残っているのはこれは彼女の感情的な私見なのですが、 「フランス人が世界で一番性格が悪い」 ということでした。 「フランス人ってアメリカ人をめっちゃ馬鹿にしてるよね…

チャンドラー『ロング・グッドバイ』の概要と魅力のご紹介

前回の記事で大切なことを書き忘れていました。 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。 挨拶や年・季節の区切り、大事ですよね。私ときたら、自分の誕生日も祝わない、クリスマス、正月も楽しまない。まったくの通常運行で日々…

太宰治『斜陽』のあらすじ、解説と面白がれるポイント紹介

太宰治全集9 ちくま文庫 太宰治のプロフィール 『斜陽』の背景 主要登場人物 あらすじ 解説、面白がれるポイント まとめ 太宰治のプロフィール 1909年(明治四十二年)、青森・津軽の大地主の家に生まれ育ちました。東京帝国大学(現東京大学)文学部に進学…