もりじゅんの読書ブログ

読んだことない人には面白そうと、読んだことある人にはヒントの1つをと、作品を紹介できたらと思います

美術ミステリーに触れる 原田マハ『楽園のカンヴァス』

 

『楽園のカンヴァス』 原田マハ 新潮文庫

 

はてなブログユーザー様からご紹介いただいた一冊、原田マハ『楽園のカンヴァス』を読了しました。
一言で言うならば、感心しました。作品そのものにも、作者の原田マハさんの筆力にも。

今日は本書によりそのいかにして感心させられたかについて書いてみたいと思います。

 

 

原田マハの略歴

1962年東京都生まれ。関西大学院大学文学部日本文学科、早稲田大学第二文学部美術史科卒業。伊藤忠商事株式会社、森ビル森美術館設立準備室、ニューヨーク近代美術館勤務を経て、2005年『カフーを待ちわびて』で日本ラブストーリー大賞を受賞し作家デビュー。12年『楽園のカンヴァス』で山本周五郎賞、17年『リーチ先生』で新田次郎文学賞を受賞。(新潮文庫より)

 

『楽園のカンヴァス』の主要登場人物

  • 早川織絵 かつてオリエ・ハヤカワとして新鋭ルソー研究者として名を馳せていた。倉敷の大原美術館に監視員として勤める傍ら、シングルマザーとして一人娘・真絵を母の家で育てている。
  • ティム・ブラウン MoMA(ニューヨーク近代美術館)のキュレーター(学芸員)。本作のほとんどのパートは彼の目線で描かれる。熱心なルソー研究者。織絵とともにバイラーに招待される。
  • コンラート・バイラー スイス・バーゼルに居を据える富豪兼アートコレクター。ティムと織絵に自分が保有するルソー作品の真贋の鑑定を依頼する。
  • ジュリエット・ルルー 国際刑事警察機構の芸術品コーディネーター。
  • トム・ブラウン ティムのボスのMoMAのチーフキュレーター。大規模なルソー展を企画している。

 

あらすじ

2000年、織絵は大原美術館の一監視員として慎ましい生活を送っていた。そこへMoMAが保有するルソー「夢」の貸出に力を貸してほしいと頼まれる。織絵は1983年の出来事に思いを馳せる。

1983年、ティムと織絵はバイラーに招かれてバーゼルのバイラー邸に眠るルソー作と思われる「夢をみた」の真贋鑑定勝負に臨んでいた。バイラーが出したルールはけったいなものだった。ある「物語」が書かれた書を七日間で一章ずつ読み進め、最終日に講評をし合いそれを聞いたバイラーが勝者を選ぶというもの。

ルソーの陰にちらつくピカソの存在。またティムと織絵双方の背後に控える強欲な人々。謎に満ちたジュリエット。「夢をみた」は誰がいかなる動機で描いたものなのか。果たしてどちらが勝利を掴めるのか。いや、どちらがルソーを守れるのか……。

 

感想

原田マハの文章が好み

まず、「美術小説」なるジャンルがあることに興味を持ち、この「美術ミステリー」を手に取ってみたのですが、思ってもみなかったほどに原田マハさんの文章の綴り方が自分の好みと符合していて、そこに喜びを感じてしまいました。

私は章ごとに視点が変わったり、展開が変わったりという差異はとても好きなのですが、その章内での文章の連続の途中でブレが起きたりする文章はあまり好きではありません。つまり読みやすい文章を欲しているということです。

その上、大仰な形容を煙たがる性分があって、適度に飽きさせないほどに婉曲なレトリックがあるとなおいい、という読者です。

その両項を原田マハさんが紡ぐ文章は満たしていて、一章目から気に入ってしまいました。

読了後の感想で言うと、作品全体の総合点も加味して、原田マハさん作品をコンプリートしてもいいと思わせる満足感でした。

 

構成(展開)が素晴らしい

「美術ミステリー」である以上、ミステリーなわけですから、予想外な展開が必要なわけですが、この小説では、「トリックらしいトリック」は出てきません。

代わりに、予想外の人間背景や、本題の謎の作品「夢をみる」の作者は誰か、等のアート推理の展開で、勝負しています。

これがまた、丁寧に読んでいても、いちいち裏切られて、楽しい。

そう来たか、ここまで事前に企んでから書いていたのだな、と唸らされる技。

と言っても、一つ一つを取ってみると、大技ではなく、小技の部類に入るのではないでしょうか。

しかし、その、一つ一つの積み重ねが、愛おしく、よくできている。大袈裟に「私、こんなの仕組んでいました」とドヤ顔されるような大胆なトリックでない分、好感を持ってしまいます。

とはいえ、曖昧なまま終わった伏線もいくつかあります。しかし、全体を通して慎ましいミステリーであった以上、許容範囲になってしまう面も否めません。

私としてはありです。

 

アートへの愛着に好感を持てる

これは本作の主人公であるティムと織絵も抱えているものですが、書き手が美術への深い、揺らぎない愛を持っていることが感じられて、それがページを繰る指を下支えしてくれています。

原田マハさんが持っている「美術好き」の思いが筆に乗っていて、その熱量で読者も作品世界に入っていけるのです。

これは読者が美術を好きでなくても、例えば車好きの方だったら、車愛へと置き換えて読むことも可能なのではないでしょうか。

人が本当に好きなものを語っているとき、そこには自然と引きこまれる何かがあります。

そしてこの小説には確実にそれが起きています。

ゆえに、私は原田マハさんが書く「美術小説」を他にも読んでみたいと思うのです。

 

 

私自身は美術にあまり縁がなく、強いて言えばマティスを愛好しているぐらいですが、原田マハさんの他の作品を調べていると、そのマティスに関する短編集もあるみたいなので、また、そちらの方も読んでみたいと思います。

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました。