もりじゅんの読書ブログ

読んだことない人には面白そうと、読んだことある人にはヒントの1つをと、作品を紹介できたらと思います

面白がれるポイント満載 森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』

2006年刊行、翌年山本周五郎賞受賞、並びに本屋大賞2位だった本書を読了しました。

裏表紙の概要文に「キュートでポップな恋愛ファンタジーの傑作」とありましたが、頷ける内容。普段あまり読まないジャンルの小説だったので、「面白がらせ方」を面白がる読み方になっていたかもしれません。それでも十分楽しめました。どんなところが面白がれるか? という点から本書を紹介してみたいと思います。

 

 

⒈ ファンタジーの生じ方、消え方が面白い

これまで私はファンタジーは西だと『指輪物語』、東だと『水滸伝』といったような王道しか読んできませんでしたが、ファンタジー要素の扱い方が面白かったです。

『指輪物語』も、『水滸伝』『里見八犬伝』もそうですが、舞台は初めっから「現実ではないところ」から始まります。その上で「ありえないこと」が起こります。対して本作では、現実と見まがえるような位置からスタートしています。のちになって「もともとファンタジー世界だったんだ」と気づくにしても。そのリアリズムとファンタジーの混ざり方が楽しめました。

第一章で登場人物の樋口が「現代の天狗」芸を見せるあたりから、「あ、この作品世界ってそういうことなのね」という明確な意識が読者に根づきます。そのあとファンタジー路線は突っ走り、「叡山電車を積み重ねたような三階建の風変わりな乗り物」に代表されるような世界へと読む者を誘います。そしてまた、リアリティーが戻ってきて終わる、といった構図になっています。

マジックリアリズムという概念があるのですが、こんなに自然にもリアリズムとファンタジーを溶け合わせた作者の脳内というか、手腕に見事なものを感じてしまいます。

 

⒉ ライトな擬古典調の文体

それを支えているのがもしかしたら本書を紡ぐ上で使われている文章のテイストかもしれません。

擬古典調と書きましたが、普段我々が実生活で使わないちょっと古めかしい言い回しや単語の選択がなされ、違和感を頭っから覚える書き方がなされています。そのズレが、うまく手伝って、どこまでヘンになっていっても、ヘンではないように、私たち読者をフィットさせてくれているのかもしれません。

といっても、一文を抜き出して、「こんなに変わった文体だ」と誇示するほどヘンでもない。悪趣味になりすぎず、品よくちょっと古典調の文章で話は語られます。

 

⒊ 京都の味が濃い

また、私は京都は修学旅行で訪れたことしかなく、どこまで本物の京都なのか判別はつきませんが、東京に暮らしていて実感を持つことが少し難しい京都の市井の文化の匂いのようなものを感じてしまいます。リアリティーをまざまざと感じさせない、地名、達磨などの日本的なアイテム、古本市で並ぶ好事家が食いつきそうな書物の名前など、ラムネ、偽電気ブランなどの由緒ある飲み物・食べ物、そういった品々が頻出することによって成り立つ異化効果のようなものがファンタジー色を背中からあと押ししてくれます。実際に、京都にお住まいの方には、「京都の大袈裟なところばかり出しすぎや」となるのか、ならないのかは、私にはわかりません。少なくとも、非日常感を助長してくれています。

 

⒋ 登場人物のエゴは真正面からは出てこない

これは、言い換えると、悪いやつは一人も登場しない、ということになるのかもしれません。主人公二人、「先輩」と「黒髪の乙女」のそれぞれの「私」から交互にストーリーは話されていくのですが、彼女を恋う「先輩」も、追いかけられている「黒髪の乙女」も、ドロドロとした情念をたとえ抱えていても、適度に前述した「擬古典調の文体」の中で変換され、ポップな淡い印象しか残しません。「黒髪の乙女」にいたっては、「先輩」の思慕が造り上げたキュートな女性像が現実化したんじゃないかと疑いたくなるぐらい恬淡としたものです。そんな彼らを取り囲むクセの強い登場人物たちも、どこかエゴは持っているんだけれども、憎めないキャラ設定になっています。あるいはあっても書かないようにしています。そこが、本書をすらすら読めるものにしているのかもしれません。

 

⒌ 結局純情なんだな

主人公たちの恋の行方は書きませんが、結局どちらも純情なんだなと安心(いや、逆に不安にさせる?)させる性格の持ち主です。そこが本作を読んでいてほんわかとした気分にさせる大きな要素なのでしょう。しかし、最初から言っているように、ファンタジー。そこをわかった上で楽しめるか、楽しめないかも、一つ試されるところではあるかもしれません。

 

 

あと、複線回収がちゃんとなされて各章最後には大団円を迎える、等の読んでいて面白さと巧さを感じさせる部分など、他にも魅力はいろいろありますが、てんこ盛りにしすぎても、一つ一つのよさが薄まってしまうような気もしますので、5つのポイントに絞って考えてみました。

自分は他にもこういうところが楽しめた、などいろいろな見方があると思います。そういうものを発見すること、違いが生まれることが、読書の楽しみ方の一つにあることは間違いないでしょう。

他の方の感想も読んでみたいものです。

 

関東では今週気温が急激に上がり、体の体温調節が追いつかなかったからか、私は体調を崩してしまいました。

少し早い季節の変わり目ですが、みなさんぜひぜひご自愛ください。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。