もりじゅんの読書ブログ

読んだことない人には面白そうと、読んだことある人にはヒントの1つをと、作品を紹介できたらと思います

村上春樹「蜂蜜パイ」(『神の子どもたちはみな踊る』)

はじめまして。

もりじゅんと申します。

文芸解説をしてみたいと思いブログ開設しました。

偏った視点からの偏った語りになるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。

 

神の子どもたちはみな踊る 新潮文庫

 

初回に取り上げるのは村上春樹『神の子どもたちはみな踊る』(2000)という短編集に収められた「蜂蜜パイ」という作品です。

「新潮」誌上で「地震のあとで」というテーマで1999年に連載された1995年1月阪神大震災と3月地下鉄サリン事件の間の2月に時期設定された5作の連作短編のあとに本書のために書き下ろされた短篇です。

私が一番好きな村上春樹の短編(たぶん今回で4回目の読了だと思います)でもあるので選びました。

 

まずざっと作品世界内で起きた時系列順に説明します。

①主人公・淳平(三人称で本作は書かれている)は当時36歳だが大学一年のとき高槻という男に誘われ、次に小夜子という女が加わり、三人グループが結成された。

②九月半ばに高槻がある意味抜け駆けで小夜子との交際を始めた。淳平はひどく落ちこみ授業に行かなくなる。そこを心配した二人が相談して小夜子が慰めに来る。自然な流れでキスする二人。しかしそこで終わる。

③高槻は新聞記者に、小夜子は大学の助手に、淳平は短編小説家になり(おそらく吉行淳之介がモデルの一部になっていると思います)高槻と小夜子は結婚、30を越えた辺りで沙羅(のちに長編『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』でも同名の女性が登場します)という女の子が生まれる。名づけの親は淳平。

④沙羅が二歳の頃に淳平にも高槻と小夜子の破局は伝わり二人は離婚。週一ぐらいのペースで四人で食事をする関係。

⑤高槻はある夜淳平に「小夜子と一緒になるのはいやか?」と訊く。おそらく小夜子が本当に求めていたのは淳平だと知っていた高槻。都合のよすぎる展開に戸惑う淳平。

⑥地震。沙羅は影響で恐ろしい「地震男」の夢を見て眠れなくなる。そんなとき小夜子は淳平に来てもらう。そしてその場ででっち上げた「熊のまさきちととんきちの話」を話して聞かせる。

⑦四人で動物園に行く予定だった日、高槻は来れなくなる。沙羅の子供ながらのツッコミも加わりながら淳平のとんきちとまさきちの話は膨らんでゆく。その夜沙羅が寝ついたあと淳平と小夜子は初めて結ばれる。

⑧途中で沙羅が地震男の夢を見てしまい中断、淳平は寝ずに二人の女の寝姿を見ながら考える、翌朝小夜子が目覚めたら結婚を申しこもうと。《夜が明けてあたりが明るくなり、その光の中で愛する人々をしっかりと抱きしめることを、誰かが夢見て待ちわびているような、そんな小説を》書こうと。

 

作品の記述順に言えば、⑥が冒頭にきて、あとは時系列順になるという構成になっています。

 

上記で説明しおそらく多くの人が感じるような、淳平と小夜子の悲恋の物語のハッピーエンド、あるいは三人の関係性の物語だと思われるかもしれませんが、ここで注目したいのは沙羅にせがまれてお話をさせられる淳平が繰り出す「熊のまさきち」のほら話がそのときそのときで変化していく過程です。

主人公の熊・まさきちは人間の言葉は話せないものの計算のできる蜂蜜を集めるのがとてもうまい熊です。そしてそれを町へ出て売っていきます。熊の群れにも属さないし人間とも会話できない、そんなポジションに立っています。

そこへ別の乱暴者の熊・とんきちが登場します。彼は鮭を捕るのがとてもうまいんだけども、それを人間に売ることはできない。そんなキャラ設定です。

動物園の日、沙羅は淳平に「あれはとんきち?」と訊きます。淳平は言葉に詰まりますが沙羅の空想が手伝って二人は親友になって鮭と蜂蜜を交換すると話を変更します。

母子二人の寝顔を見ながら、淳平は一番適切なオチを考えます。

 

とんきちは、まさきちの集めた蜂蜜をつかって、蜂蜜パイを焼くことを思いついた。(中略)まさきちはその蜂蜜パイを町に持っていって、人々に売った。(中略)そしてとんきちとまさきちは離ればなれになることなく、山の中で幸福に親友として暮らすことができた

 

たぶんまさきちは淳平、とんきちは高槻、人々は小夜子と当てはめてよいのでしょう。蜂蜜パイは沙羅なのだと。

そういう淳平内の心理の変遷が二重構造になっていて面白く読めます。

 

もっとぶっちゃけて書くと、淳平は宮崎駿『風立ちぬ』の主人公・二郎のようなサイコパスの反対側の変人、つまり、私はサイコパスは「人の気持ちや状況を理解できるものの共感できない人たち」と定義していますが、それとは逆の「共感はできるものの人の状況を理解しにくい人」、そういう人物像なのだと読みました。

 

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そして高槻はサイコパスまではいかないものの心底愛する小夜子に寄り添え切れない人物像なのだと。

その二人の向こうにあるものが小夜子です。

そう読むと、淳平の抱える生きにくさと高槻の抱えるやり切れなさが切実に迫ってきます。

 

高槻は沙羅が生まれた日、淳平に言います。

「(上略)お前は救いがたくアホだからだ。」

二人が離婚後の食事会の帰路、淳平は言います。

「(上略)お前はろくでもない馬鹿だよ」

この複雑な感情の入り混じった友情関係を交えつつそれを乗り越えて女二人への適切なアプローチをしたいという男二人の思惑がなかなか読みごたえがあります。

 

村上春樹は「歴史・時代」を密かに作中に入れこんでくる作家です。

もっと深読みすると、高槻に相当するメタファーは「バブル時代の消費社会」とも読めました。

それと主人公・淳平がどう対応していくかという視点からも読めて、一見スムーズに読めていろいろ企んでいる作品だと感じました。

逆にこれほどスムーズに読ませられる技が村上春樹だと思いましたね。

 

 

面白く読めた方もそうでない方もいらっしゃると思いますが、興味を持たれたらこの短編集『神の子どもたちはみな踊る』を手に取ってみてください。

シュールな「かえるくん、東京を救う」などの知名度のある作品も入っています。

読書は気になった個所を即座に読み返すことができるという点も含めて、好きな表現ジャンルです。

文章は時間をかけて何回でも修正できるという点で好きな表現方法でもあります。

人それぞれ得意・不得意あると思いますが、自分の得意なジャンルで「解説」に挑戦してみました。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。