『他者の靴を履く』を読んでみて、「この人の書く文章は地べたにちゃんと立って自分の頭で考えられているな。信用できる」と感じた私は、その本を書くきっかけとなった"種本"の本書『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』を手に取ってみたのでした。
ジャンル的にはノンフィクションになるのでしょうが、アイルランド人の配偶者と日本人の著者との間に生まれた英国籍の(イギリス・ブライトン在住)息子が中学に上がり、ジェンダー、人種差別、貧富の差による格差、等の問題に出会い、親子間で会話し、行動する中で、息子が成長していくという、エッセイ風の作品でもあります。
一番印象に残ったくだりを一つだけ挙げると、大雪の日、ホームレスの人たちに声をかけて施設に寝泊まりさせ、食料を集め合うというボランティアに母子で参加したあと、息子が「善意は頼りにならないかもしれないけれど、でも、あるよね」と言い、
うれしそうに笑っている息子を見ていると、ふとエンパシーという言葉を思い出した。
善意はエンパシーと繋がっている気がしたからだ。一見、感情的なシンパシーのほうが関係がありそうな気がするが、同じ意見の人々や、似た境遇の人々に共感するときには善意は必要ない。
他人の靴を履いてみる努力を人間にさせるもの。そのひとふんばりをさせる原動力。それこそが善意、いや善意に近い何かではないのかな、と考えていると息子が言った。
このように、ブレイディみかこさんと息子さんは、他者の気持ちや状況を理解しようとする能力「エンパシー」を用いて、先述したジェンダーの問題、人種差別、格差問題に対して、思索と理解を深め自分が取るべき行動について答えに近いものを求めていきます。
それが何気ない学校生活(音楽部の活動や水泳大会など)の中で繰り広げられるものですから、まさに地べたで、読みやすく、読者をも自ら考えるきっかけを与えてくれます。
読むこと=インプットはそこそこできるのですが、感想を吐き出すこと=アウトプットはなかなかできない時期が続いており、ちょっと悩んでいます。
あせらず、ゆっくり待つ以外方法が浮かばないので、自分のペースで更新を続けていきたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。